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" social issues "



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原爆投下は犯罪です。 R033481-b-800x650

August 06 Monday, day 218 - 2007.  |   | comments 2

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米トルーマン大統領が下した広島・長崎への原爆投下命令はあきらかに犯罪です。当の被爆国の防衛大臣が自らの発言の内容を正され渋々と辞めていくのですから
生真面目な顔でどんなに安倍さんが繕っても駄目です。私には、新防衛大臣の引き継ぎ日程の様子もすべて不謹慎なセレモニーに見えました。
政府は原爆の恐ろしさを世界に伝えるつもりがないのです。原爆の悲惨さを伝える責任を日本は被爆国として人類に負っているはずです。

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June 24 Sunday, day 175 - 2007.  |   | comments 2

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札幌駅上空の付近を飛ぶ宣伝広告用の飛行船。こちらへ接近したかと思うと鈍重に旋回しながら、間延びしたプロペラ音を響かせ丘珠空港の方角へと消えていった。
これとは別に、『東京では国内初の飛行船の遊覧飛行に向けテスト運行がおこなわれている。前評判も上々で、予定の料金は一人あたり8~12万円也』と、翌日の朝刊に。

『慎太郎くん』 と 『はるみちゃん』

April 08 Sunday, day 098 - 2007.  |   | comments 2

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毎度の選挙カー騒音と「おたのみ電話」攻めに辟易。で、また 『慎太郎くん』 と 『はるみちゃん』かい 。日本の首都が財政再建団体になったら素敵だぜ。
都庁前からマラソン大会だとか、三宅島でオートバイレースだとか、北海道新幹線てのも、エンタメ知事にゼネコン知事なんだからしょうがないのかね。

賞を盾にする人たち

January 14 Sunday, day 014 - 2007.  | 

本年初エントリーに、あえて古い話。教育再生会議で座長を務める野依良治氏の「塾を法律で廃止すべき」発言が問題になったのは昨年12月。森総理の頃にも有識者による「教育改革国民会議」という総理大臣の諮問機関があり、当時の座長だった江崎玲於奈氏の「将来的には、就学時にDNA鑑定をおこない入学児童を能力別にクラス分け出来るようになるでしょう・・・」のビックリ発言など思い出す。江崎氏も野依氏もノーベル賞の受賞者だが研究者としての実績に対してのことだろう。
ノーベル賞を盾に政治の世界に首を突っ込んでもらいたくないと思う。

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光陰、矢の。

October 02 Monday, day 275 - 2006.  |   | comments 4

食堂で倒れ緊急入院した義母。いつものように遅めの朝食をとっているときの脳梗塞だった。回復をみて家で介護ができないものかと皆で考えていたが何度か担当医とも相談した結果、家族の負担の大きい在宅での介護はやはり断念することになった。もう、ほとんど言葉を発することができなくなった母。病院で少しでも快適に生活してもらえるよう、できるだけのことをとの日々が始まった。そのペースにようやく本人も家族も慣れた頃だったが家に帰れないことが確定的になったのを区切りに緊急に入院したこの病院を出て新たな落ち着き先としての老人介護施設へ移ることになった。建ったばかりの設備もよく整ったところだが前より通うのに少し遠くなる。

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だが、やっと落ち着けたかと思いきや三ヶ月後に実はここも出されてしまうのだ。現制度での老人介護医療のありのままということ。入所期間が三ヶ月を経過すると、国(厚生労働省)から施設へ支払われる点数が減る現在のシステムでは採算が合わなくなるので該当するケースには結局移ってもらうしかない。生きていくのに施設に頼らざるを得ない老人は、慣れた生活の場を三ヶ月おきにこうして変えなければならない。三月ごと流浪の民のように移動生活を繰り返せと言うことなのだ。参勤交代じゃあるまいし、こんな国民を疲弊させるようなまねをして厚労省の官僚達は何をしようというのか。

小泉の弱い者いじめの前路線を声高に新総裁安部晋三は「美しい国」とか「筋肉質の政府」など、聞いているこちらの方が恥ずかしくなるような抽象表現にまぶし、高級官僚から言われるまま継承していくのだろう。岸信介以来、彼が日本の総理となって一族とその郎党たちの彼岸は成就されたのかもしれないが、リモコンされてでも首相になりたかったようなセンスの悪い人間を私は応援したくない。不明な複数が介入する傀儡政権のような安部新内閣だ。

母は今月の10日さらに遠方へ移ることが決まった。年をとって死ぬことも生きることも自分の頃には一層容易ではなくなるのだろう。

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東京タワーが借金の担保。

June 18 Sunday, day 169 - 2006.  |   | comments 0

予定どおり2011年に第二東京タワーが完成すると、現在の東京タワーの運営会社(日本電波塔)は各放送局からの電波送信料による収入(年27億)を、ほぼ失うだろう。前社長がゴルフ場の経営なんてことをやり始めて結局は大失敗とやらで。その経営に乗り出したのも95年からだそうでスタートがあまりに遅すぎる。この手は91年頃で旬が終わってるんだから、そりゃ失敗するわ。つまり、ド素人だったんだろうけど相当お粗末なのだ。新事業を起こすと称し大風呂敷を広げるのが大好きで金策の苦労を知らぬ二代目か三代目あたりで、ほとんどの場合は転ける。それはおき、東京タワーのあの美しい夜景が東京プリンスホテルの窓から消えてしまう日も近いの?と勝手な連想もしてみたが、東プリ以外にもあの辺りはリハで使ったスタジオが近かったりでツアー中の思い出なども多少はあるから、となれば、ちと寂しい。でも皇居の隣が借金タワーになってしまうとはね、クスっ。

やっぱり、堀江はバカチンだった。

May 27 Saturday, day 147 - 2006.  |   | comments 0

「いいんだよ。強気、強気。ケイツネ(経常利益)50(億円)のがかっこいいじゃない。50のが、大台乗ったって感じでいいじゃん」 などなど、彼(堀江氏)の内部での発言が今朝の朝日のトップに詳しく載っていたのを読み吹き出してしまった。ちょっとー、いくらなんでも「ケイツネ」はないでしょっ!経常利益のことを株式の世界の隠語かなにかでそんな風に言うのかもしれないが、「大台乗ったって感じでいいじゃん」も、「ケイツネ」も、私にはエグゼクティブな人間のする会話と到底思えないのだ。ライブドアー株を買った人も、長い目で株主として会社を育てるというような「株式の原点」的な意識も多分なかった?もしかして、株券じゃなくて馬券と間違って買っちゃったのかな?なんて、意地悪かな。

Millions of phone records reportedly sold to NSA

May 13 Saturday, day 133 - 2006.  |   | comments 0

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Copyright © 2006, The Associated Press

落ち目になった大統領だから報復の心配ももう無くなったということなのか、悪い話がどんどん出てくるわ。90パーセント以上あった隆盛期の支持率も現在は31パーセントまで落ち込んでるそうだ。が、いまだ全体の3割以上の国民がこの男を支持しているということのが私はゾーっとする。さすがは戦争ボケの国だ、日本の平和ボケとはだいぶん違うな。The 9.11 attacks 以来の「テロとの戦い」は、自由を守ると言いながら人の自由を拘束し否定する「ちぐはぐ」さが根底にあるのだ。この写真は、精彩を欠いた彼の表情を僅か2分強の記者会見の中で厳しく捉えたプロのショット。背景の肖像画も効果的だ。

それ自体が不正?

April 23 Sunday, day 113 - 2006.  |   | comments 0

先日NHKが新たな職員不正問題への申し開きっぽい番組を放送していたが、その中で「私どもは皆様のご期待に応えるべく~~、今回の問題は職員の不正管理システムの構築を行っている最中の不祥事でございまして~~慚愧に堪えません・・・」と苦しい弁明。で、その不正を管理するシステムとやらは今年8月完成の予定だそうで、3ヶ月先だ。今まで数々ご乱行の割にゃー、かなり呑気ペースじゃないのかと不快に思い、情報システム工学の専門家にシステムの構築には一般的にどれくらいの時間を要するものなのか等を尋ねてみた。そのレスポンス概要が以下。

『この手のシステムの構築は長くても2週間程度。社員の不正を見抜く事は今や企業の最重要課題でシステムの需要も多い。わざわざ特注などしなくても既製品で十分使えるものが市場にゴロゴロ転がっている。』

と、いたって明快な答えが戻ってきた。要するに特注の必要性がどこにあるのか?つまり、それ自体が不正という可能性があるのだと。なるほど、いちばん最初の段階に出納システムを構築する際に不正管理システムも一緒に構築しないと変でしょ。だから不正チェックは出納システムと一体なのがあたりまえだろう。ノーチェックで金の出し入れが出来ちゃう出納システムなんてあり得ないんだからね。

受信料納入の義務化の話も今回の新たな問題発覚で政府もフォローのしようがなくなって「お流れ」。システム構築なんてのじゃなくって、本当は「出入りの業者に金をばらまく為のたんなる口実」じゃないのかなぁ。まったく、いつまでも懲りないNHKだ。

「♪どうなるゥ~アイフル」・・・じゃないの。

April 15 Saturday, day 105 - 2006.  |   | comments 2

株上場廃止のライブドアーもいずれ解体されるんだろうな。被害を受けた側には厳しい意見かもしれないが、私にはライブドアー問題がかつてのオオム真理教事件と同じに見えてくるのだ。忽然と登場したヒーローに全権を委任してしまう点で。-それから、後見人による契約解除の請求を無視した等と朝刊でも種々の悪事が暴かれているアイフルだが、消費者金融の金利が上限15%だということを知っている利用者は本当に少ないのだなぁ。後見人による契約解除の申し入れを無視した事はアイフルが裁判所を無視したのとほとんどイコールな訳で、これも近々会社が危うい状況になるかもな。こりゃー、どうするアイフルーじゃなくって「どうなるーアイフルー」だね。

呑気

January 31 Tuesday, day 031 - 2006.  |   | comments 0

耐震偽装だライブドアショックだとガタガタやっている最中に、九州の地方自治体が国民保護法の施行に伴い日米合同演習に参加したようだ。この国民保護法というネーミングを鵜呑みにしている人も多いようだが、この法律は有事の際の国民保護を目的とした法律なんかじゃなく、実際にはイラクでの自衛隊活動を合法化するための「有事法制」を有効にするために、わざわざ施行されたものなのだ。世の中に混乱を撒き散らす個人情報保護法も迷惑だ。「政治家の為の秘密情報保護法」とか、あるいは「政治家秘密情報の漏洩防止法」など、この際もう少し法の実質目的にふさわしいネーミングに改めたらどうか。

「有事」という言葉を簡単に口にする政治家が多い。狭い国土に原子力発電所が多数ある日本で有事なんかになったらとんでもない。丸腰の我々国民には逃げるところが海しかないんだよ。それとも年金や保険料を納められない人間はみんな海に落ちろーっ!とでも言うのかエ。近頃は麻生外務大臣も北朝鮮への制裁を簡単に口にするが、いまの自衛隊にはテポドンが打ち落とせ無いというのにキム・ジョンイルがやけくそでテポドンを日本へ発射したらどうするつもりなんだ。アメリカに期待したって無理なことは既に湾岸戦争で証明されている。つまり、米迎撃ミサイル・パトリオットの命中率は10パーセント。ひいき目に見ても50パーセントが精一杯。アメリカ側の伝える軍事スペックしか見てないから、軽々しくあんなことも言えるんだろう。甘すぎる。

「ビルに骨なし、肉に骨あり」という川柳がこのあいだの新聞に掲載されていたが、我が家では大ウケ。

『戦中派不戦日記』より

January 04 Wednesday, day 004 - 2006.  |   | comments 0
昭和20年(1945)5月18日(金) 朝八時半警報。 午前中、新宿駅より牛込の方へ焼野の中を歩いて見る。何処まで行っても赤茶けた焼けトタンの海。― 他の木や壁はまったく焼失せるゆえに、トタン板のみ目に立つかは知らねども、日本の家屋にいかにトタンが利用されおるかは予想外なり。木々黒々と枯れて立ち、風冷え冷えと吹けど、日は白く、見よ青き草ところどころに土陰にかなしく萌え出でたり。大いなるビルも窓枠焼けガラス熔けて、火炎内部を荒れて通りしか、黒きがらんどうの姿あたかも巨人のミイラのごとし。山田風太郎著「戦中派不戦日記」より。
冒頭「朝8時半警報」とは、多い時に数百機の大編隊を組むB29による空襲警報のこと。まもなく原爆を落とすことになる同爆撃機は、とくに終戦まで3ヶ月を切るこの頃からは各都市上空から大量の焼夷弾を徹底的に投下した。その熱風の凄まじさ。同著には、『大いなるビルも窓枠焼けガラス熔けて』や空襲体験等もリアルに綴られている。それまでの私にとっての「焼け出される」という不明瞭な言葉のイメージが、この本によって解けたようにも思えた。

最初とりあえずは戦争による被害性からの確認からだったが、生まれ育った国の過去を知っていくほど憂鬱になる。最近の華やかなアスリート達の世界的活躍を伝えるニュースの裏では、必ず意図的に伝えられていない重要な何事かが起こっている。今から27年前頃になるが長期の海外留学から日本へ戻った人が灰色高官の実名がいろいろを浮かび上がっていたその時期に、大手新聞社の朝刊第一面にパンダが死んだニュースが載っていたのを見て目を疑ったそうである。「日本は、こんなに報道内容の偏っていた国だったかしら?」と。いや、いや、新聞等が意図的に大衆を煽るのは戦前からのこと。シニカルな報道を嫌う国民性も昔と少しも変わっていない。メディアが事実を伝えないのは変だなと薄々疑問を感じながらも文句を言わない国民は政治屋にとっては御し易い訳だが、御していた人間達もいずれ世を去り、その御されていた側が今度は国を受け継がなければならなくなるのである。これも一種のコントロール・ドラマだろうか。二月前の昨年11月下旬に開かれた参考人質疑で「記憶にございません・存じません」としらを切っていたが、その言いまわしはロッキード事件(1976年:昭和51年)の証人喚問で誕生した30年前の流行語だよ。

カボチャ(南瓜)宣言

November 19 Saturday, day 323 - 2005.  |   | comments 0

朝食に湯気の上がったカボチャを食べながら「僕は、戦時中に一生分以上のカボチャを食べたからカボチャはもう二度と食べないっ!」と宣言した知り合いのご主人の話を家内がしてくれた。男に白米を食べさせようと女たちがカボチャを食べたので「女性はみんな手のひらが真っ黄色だった」と、亡父が話していたのも記憶にある。

厳しい冬を越すために外で枯れ木を拾ったが、それもすぐに尽き椅子や机など家中の家具や蔵書等も燃やし寒さをしのいだ。勿論食べる物だってろくになかったからモソモソして美味しくなかったけど粟(あわ)を長時間煮て柔らかくなったら表面の黒い灰汁を捨て食べた。お兄ちゃんは体が大きいから15個、私は10個というふうに、満州の厳冬に向かって体に脂肪分が必要と母がピーナッツを分けてくれた。そのピーナッツを食べながら、これからの季節に備えるのだと子供ながらに思った。いつもひもじかった。山田洋次氏(映画監督)の「満州引き上げ談」から。

ジャガイモ事件。食料の足しにと北海道からジャガイモを沢山送ってもらった家の話。物資のない時代だったから苦心惨憺してカレールゥーのようなのを作り、ご飯代わりにそのジャガイモを蒸かし皆でカレーライスのように食卓を囲んた。その様子を二階から見ていた隣家の奥さんが「あのお米ほんの少しで結構ですから家(うち)にも分けてくださいませんか」と、お願いにみえた。蒸かしたての湯気の上がったジャガイモが隣家からは「真っ白い炊きたてご飯」に見えてしまったようなのだ。最近、あそこの家は非常時だというのに毎日のように白飯を食べている・・・恥を忍んでお米を分けてもらいに行ってきます!と。

我が家では朝食のおかずに時々蒸しカボチャがでる。その方が多く食べられるので野菜は蒸したり煮たりし食べる。カフェ・オレにシナモンを入れ、トーストと蒸したり煮たりの野菜・他というのが朝食メニューのスタイルだが、あんなに美味しいカボチャを「もう二度と食べないぞっ!」と宣言してしまうのは、よっぽどのことだろうと思えるのである。カボチャを見る度に嫌だったことや辛かったことなど、当時が鮮明に蘇ってしまうのだろう。戦争体験ない自分にはその程度の想像しか働かないが、宣言後その人はけっしてカボチャを口にしなかったそうだ。

「Scapegoat」で結束する群れ

October 22 Saturday, day 295 - 2005.  |   | comments 0

「複雑ですねェ~、綿貫さんとは仲が良かったから、まさか、こんな事になるとは、思ってみてもいませんでした」。党のリーダーが党員の除名処分決定に関係しないなんてェーわけが無いだろう、バカバカしい(^^)。昨夜の官邸会見でも相変わらず、しゃーしゃーとノー天気な小泉コメントだった。排外的な空気が充満し健全な議論ができない今の自民党は、いずれ内部から壊れ始めるだろうと思う。造反した党員を「Scapegoat」(生け贄)として血祭りに上げ「見せしめ」によって党の結束を促すとは、本当にお粗末でインチキ臭い。どこかの本で読んだ「こういうのを民主主義の形骸化というのではないか」というのを思い出すな。

フィクションではない。

September 29 Thursday, day 272 - 2005.  |   | comments 2

とうとう、衆院本会議で憲法改正の手続きを定める国民投票法案を審議する「憲法に関する調査特別委員会」が、自民、民主、公明などの賛成多数で議決されたわけだ。随分と時間が経った気もするのだが自民党が296もの議席を獲得したのはたった二十日ほど前。選挙の結果にガッカリしてばかりいられないと、いろいろネットで調べるついでに同党WEBも覗いてみた。ページ左側の上の方に立党50年プロジェクトとのバナーがあったのでクリック。へぇーっ!憲法改正草案についての「国民の声を聞く集い」を全国10都市で開催するのかぁ・・・こういうことは目立たないようにテンポ良くやるんだな。しかも、既に第一回目が終了し(05年7月15日:札幌)ムーヴィーで当日の模様を閲覧することも出来る手際の良さ。

で、その動画の内容だが「声を聞かす集い」の間違いじゃないの?と反発したくなる改憲プロパガンダ。内の事だから構わないというロジックなのだろうか、憲法改正権者である我々に十分な情報や時間を提供もせず「新憲法制定推進本部」との組織名も相当に図々しい。国会での発議を経て国民投票で承認されたかのような「新憲法制定」を掲げるのは大間違いだ。国政を委ねられた与党が日本国憲法改正の要否について広範な国民的議論も全く行わず何をやる気だ。殊に小泉になってからは、こういう「いきなり」政治が多くなったと感じているのは私だけではないだろう。自民党が300近い議席を獲得するとは想像してもいなかった人が日本中に沢山いる筈。後の祭りだが「日本をあきらめない」より「改革を止めるな」の方が分かり易かったからといっても今回の選挙で有権者は自民党に決して安易な考えで票を投じてはいないのだろうが、その結果としてのシミュレーションが出来ていなかったのだろうと思う。次には徴兵制が「いきなり」敷かれる社会になったってワシャ知らんぞっ!最近の我がブログ、とかく暗くなりがちな政治ネタ・エントリー増で、おちおちカホン演奏も楽しんでいられない。

選挙が終って5日後の16日に大阪拘置所で1年ぶりに死刑が執行された。法務省もなんだか様子が変だぞ・・・。しかし、最高裁裁判官の国民審査で6名全部に×をつけたという人は希だろうな。

茶番だね。

September 19 Monday, day 262 - 2005.  |   | comments 2

”『与党が衆院で3分の2を取ったことで条件緩和の環境が整った』との危機感や自民独裁政治への危惧がある事も確か。”
などと、一昨日は緩やか目にエントリーしたばかりだったのに・・・・・。先日、友人のダルシマー奏者Kさんも地味にログっていたことだが、あっという間に憲法9条が消え、アメリカ政府の思惑どうり警察予備隊が自衛隊に改名された時のように今度は軍隊になり、アメリカ政府の思惑どうり徴兵制になり、我々の大切な子供達が殺人の訓練を受け、戦争へ行く(実際には、もう行ってしまってるも同然なんですが)。とんでもないっ!憲法9条の削除や親米路線を主張する前原誠司氏(43)を党代表に選出した民主党。幹事長は鳩山由紀夫氏(58)だなんて、とんだ茶番だ。

分かり切ったことですが、日本国憲法(昭和21年11月3日公布)第9条の条文を以下に引用。

1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


憲法公布8年後の昭和29年に警察予備隊が自衛隊になる時、参議院本会議で全会一致決議の「自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議」というのがあるですが、20年ちょっと前くらいに友人(米国)が話してくれた砂嵐の中のラクダとお人好しな旅人の残酷物語を。
ラクダの背に乗り砂漠を旅していたら猛烈な砂嵐に遭遇したので嵐が止むまでテントを張ることに。何とか無事にテントを張り終え中に。外の砂嵐は、ますます激しくなる一方だ。すると、外のラクダが「お願いですご主人様、中に入れてください!さすがの私もたまりません!」と、せがむ。最初断った主人だったが、「いえ、もちろん全部とはいいませんよ、私の足の先だけでけっこうなんですから」と、ラクダ。なるほど・・・それくらいなら大丈夫かなぁーと、ためしに足の先だけ許可。それからラクダは、言葉巧みに「もう少し」、「あと、もうちょっと」、「尻尾だけでも」と、要求を段階的にエスカレート。その度に断れない主人を見透かすような狡猾ラクダ。とうとう、ラクダの体が全部入ってしまった。その瞬間テントは倒れ、あっという間にラクダもろとも砂嵐に巻き込まれ死んでしまったとさ。

ミソも糞も一緒にして勝ち逃げ

September 17 Saturday, day 260 - 2005.  |   | comments 0

前回エントリー中で今回の大勝利で憲法を変えることも出来る議席数を小泉政権が確保した旨を書いた。が、ちょっと違う?・・・かも^^; 正しくは96条によって憲法の改正には衆・参両方での定数以上の賛成が必要になっている。衆院の3分の2、参院の3分の2の賛成があったら、次は国民投票という順番で、国民投票で過半数賛成ならば憲法改正。一応はハードルの高い仕組みになっている。

ただ、改正の条件そのものを緩め、たとえば国民投票無しで憲法改正を進めようとする動き等が以前からあることも事実なので、『与党が衆院で3分の2を取ったことで条件緩和の環境が整った』との危機感や自民独裁政治への危惧がある事も確か。

ところで、来年9月の任期を終えたら今回の功績による名誉を守りたい小泉総理は「勝ち逃げ」の腹なんだろう。公明党の動きを含めハードルの高い日本国憲法第9条改正等への動きがそう簡単には無いとしても、消費税は間違いなく上がる。郵政民営化法案の目的だが、既に郵貯の金を勝手に運用し大部分が焦げついている事実から国民の目を逸らすための法案であり、竹中はそのための飾りなのだ。今回の圧勝が次回の参院選(2007年春)で自民にとって大きなリスクになりかねないだろう。郵政民営化の実現こそ政治改革への第一歩だっ!国民にその真意を私は問いたいっ!なんて錦の御旗(にしきのみはた:ごり押し印?)を振り回し、国債の不良債権化を有耶無耶にする。郵政事業を民営化しましょうという話と、郵貯の金を民間で運用しましょうという話は、全然別の内容だろう。

The Impact of Hurricane Katrina

September 04 Sunday, day 247 - 2005.  |   | comments 2

勿論、毎回投票所へは足を運んでいるが、殊に今回は『なんとしても行くべき』と思っている。権力闘争に血道を上げる日本の政治。今の自民党には、とにかく一度潰れてもらわないと「弱い者いじめ」がどうしても終わらない。ところで・・・ニューオリンズでは、自家用車を所有していない貧困層の多くが避難できなかった」とのハリケーン・カトリーナでの報道等は超大国のイメージから程遠い気もするが、未だにアメリカ合衆国内にある「貧富の差」の実態を端的に現しているのだと思う。年がら年中侵略戦争ばかりやってる場合か。アル中だった男が第43代目の大統領をやってるんだから・・・。

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長崎-Atomic bombing of Nagasaki

August 09 Tuesday, day 221 - 2005.  |   | comments 0

今日は長崎に原爆が落ちた日ですね。昭和20年当時の東京は、年頭からも昼夜を問わず空爆が続き人々は疲労困憊(ひろうこんぱい)、くたびれ果て「空襲を告げる警戒警報が発令されても昼間であれば防空壕には入らず銀色の敵機(B29)をポカンと見上げることもあった」と、いうことです。日常的な空襲で睡眠がしょっちゅう中断される暮らしが何ヶ月も続いたら私はストレスで気が変になってしまうかもしれません。そして、6日後には敗戦を迎えるのです・・・実感もないままだったと思います。長崎の「きのこ雲:Mushroom cloud」を見ると胸がつぶれる思いになります。

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ありました(^^

August 06 Saturday, day 218 - 2005.  |   | comments 0

広島に原爆が落ちた今日だというのに関連記事をエントリーしているブログが少ないような気がします・・・いやぁー、ホントに少ないなぁ・・・と、思ってたら「カホンつながり」で見つけました、ちゃんとありました。で、その友人ブログを読みながら、いろんな事を考えたんです。日本は大胆不敵にも、あのアメリカやイギリスに比肩するようなバカ戦争を64年前にやった(戦争は全部がバカですが)結果、数十秒間に約20万人もの生命を失った世界でただ一つの被爆国な筈なのに、たった5年後の昭和25年には朝鮮戦争の「お手伝い」をチャッカリやるような国なんです。これを軽薄と言わずして何という!朝鮮戦争での「軍需特需」で、後の日本高度経済成長への弾みがつき、いわばステップ・アップしたということ。かくして、日本で製造・調達されたナパーム弾は朝鮮半島に降り注ぐ。醜い我が国の戦後史。朝鮮戦争5年後この国に生まれた私が2才になる頃には(昭和32年)それまでの警察予備隊は自衛隊へと改名。「恐るべし、日本人の思考」:山田風太郎さん式でした。

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『日本人は最後まで戦うつもりだったんだし、広島に原爆を投下したことによって太平洋戦争を終わらせることができたのだから、20万人くらいの死は、しょうがないでしょう。』と、授業で発言するアメリカの高校生。大人も本気で、そう考えている人の沢山いるアメリカ。”恐るべし、その教育。恐るべし、そのロジック:Agree with Truman”

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1968

July 01 Friday, day 182 - 2005.  |   | comments 8

4週間前に「ビートルズ・ファッションの残り香も~」との内容で記事をエントリーしてから「あれっ・・・1968年頃ビートルズは解散してたんだっけ?」と、気になり当時の流れを辿ってみた。最終アルバムAbbey Road.「アビー・ロード」が唐突な感じで翌69年に発売されるも、ほぼ実質的活動が68年頃には終結しており、70年に解散したことを改めて確認。62年にリバプールで「ビートルズ」としてスタートしてから解散までたったの8年とは意外だった。

「ジャンル」という言葉が日本語化し定着し始めたのもこの頃でクラシック、ポピュラーを問わず種々の洋楽コンテンツが次から次へと日本へ押し寄せた。『目的のレコードをさっさと見つけ早く帰って聴きたいっ!だいたい、店内のジャンル分けが焦れったいっ!』なんて、斜に構えていた高校の頃を思い出す。良くも悪くも、世の中どこを開けても、創意に満ちた怒濤の60年代。国産シンガーソングライター草創期のキーパーソンである浜口庫之介さんの「なーみだくん、サヨナ~ラ」も、この頃だった。

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The Giving Tree?

May 17 Tuesday, day 137 - 2005.  |   | comments 0

いつもなら、全体が新緑に変わり始める頃なのに藻岩山(もいわやま)の中腹から上にかけては未だに残雪・・・山からの吹き降ろす冷気で庭の桜や梅もイマイチ芽吹けない様子(北海道は桜も梅も、ほぼ一斉に開花する)。この、お天気いったいどうなってるの?「世界的に気圧の配置がすっかり狂ってしまってるのは、木を切り過ぎたせいもあるんでしょう」と言われ久しい筈なのですが、木をせっせと切り倒し続けている懲りない私たち。
こう書きながら、ふと シェル・シルバスタイン( Shel Silverstein )の 『大きな木』(1964)のことを想い出す。

気になること

February 06 Sunday, day 037 - 2005.  |   | comments 0

ズゥーッと気になっていること。私のトカゲの脳(?)が、無視出来ない嫌ぁーな感じがしている一連の問題(朝日新聞の虚偽報道、NHK番組改変問題)のことなのです。日々ネット上のブロガー達が伝えるものとテレビ・新聞等の内容とのマージンが最近とくに大き過ぎです。普段は新聞を熱心に読まない私でさえ「朝日は提訴も辞さない」と、同紙の社説欄に書かれてあったのを読んだ憶えがあるのですが、結局は竜頭蛇尾ということになってしまうのかなぁ・・・・。

ところで、またまた、こんな愉快なブログが^^)

歌会始の儀

January 21 Friday, day 021 - 2005.  |   | comments 0

先週の今日(14日)行われた新春恒例の宮中行事 「歌会始の儀」 は今から58年前の昭和22年(1947)に始まった。その年の昭和天皇の御歌は、【たのもしく よはあけそめぬ 水戸の町 うつつちのおとも たかくきこえて】で、お題は「あけぼの」。

自分の生まれ年の昭和30年(1955)の御歌は、【みづならの 林をゆけば 谷かげの 岩間に清水 わきいづる見ゆ】(お題「泉」)。そして、平成天皇がお詠みになられた今年の御歌が、【戦(いくさ)なき 世を歩みきて 思ひ出づ かの難(かた)き日を 生きし人々】であった(お題「歩み」)。それぞれの時代の日本のありようを解り易く詠まれた御歌ばかりだと思う。

まだ、先の大戦が終わって60年しか経過していないというのに日本政府小泉政権は、世界の警察を張っているつもりの米政府ブッシュ政権と手を組んでいる。宮内庁から発表された来年のお題 は「笑み」、さて・・・。

平成17年初エントリー

January 04 Tuesday, day 004 - 2005.  |   | comments 5

2005年が始まった(・・・あたりまえか)。私は太平洋戦争終結10年後の1955年(昭和30年)の1月1日札幌に生まれた。で、元旦で五十歳になったが、昨日「まだ五十ッ!・・・うらやましい」と先輩が言い、「うぅ~ん50かー、・・・・年とったね」と助手席の息子(次男:20歳)は父の時間経過にちょっと驚いた様子。私自身は「なんだか、わからない」というのが本当のところで、正月ごとに更新される自己年齢に全然実感なし。昭和20年に第2次大戦が終わって今年が60年目。私の生まれた昭和が64年間で終わり小渕恵三さん(後の第84代内閣総理大臣)がTVで両手に掲げた平成年号が始まり17年経った。ということは、平成元年の自分と同じ元旦生まれは17歳になったということだから、あと3年もすれば成人する人が出てくるという訳じゃないか。

ちなみに、さきほどの小渕恵三さんは5年前の2000年(平成12年)総理職在任中に突然入院し亡くなられた。その頃、現在の第43代アメリカ合衆国大統領のジョージ・W・ブッシュは、まだテキサス州知事だったのだ。