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Posting unpublished 2 songs. - subtitle : about in my case #5 : 私の場合 Ⅴ
July 22 Tuesday, day 204 - 2008. | permalink | comments 2continuation ..... "Posting unpublished 2 songs. - subtitle : about in my case #5 : 私の場合 Ⅴ" »sound - exhibition の上から三番目と下から二番目に未発表の二作品をアップ。上から三番目に掲載の Long majale from 100intro. は、音質を優先しファイル形式を " wave " にした結果サイズが32MBと少し大きめになった。四年前の2004 / 04 / 21 の完成曲。使用カホンは、重厚で暖かみある木質音色が特徴のカスタムモデル(オカーニャ工房:バルセロナ)、13年前からの愛機(シュラク " 4007 " 旧モデル)の二台となっている。後者のシュラク・カホンだが、名古屋だったと記憶しているが本番前のサウンドチェックで左側の弦を一本切断してしまった(平成12年の夏頃か?)。カホンの内部に取り付けられたマイクに接触するので、やむをえず根元からその弦を取り除き数時間後の本番に対応した。が、覚悟していた以上に本番の演奏クオリティーに影響。ショックな出来事だった。
私の場合 4
February 18 Saturday, day 049 - 2006. | permalink | comments 7「ふぁー、ここは家じゃないんだったー」。よほど疲れていなければツアー中は目が早く開いてしまう。終わりに近づくと目覚めに時々ある勘違いなのだ。他にも、新聞を開き「きょうは、どこで演るんだっけ?えーと福岡だな。あっ、違う長崎市民会館だ」と、しっかり行程を思い出さないと向かう先の機中で分からなくなったりもする。「今回も全チケットと一緒に行程表を渡してあるでしょ金井さん!」と言いたげなシート越しの事務所の人。
「いろんなところに行けていいですねぇ~」と羨ましがられることも時々あるが実際のツアー生活というのは、次の演奏地へ移動中かホテルにチェックインしているか舞台で演奏かの単調な毎日の繰り返しなのだ。日本全国、処変われど同じような感じで宿泊先へ必ず迎えに来るプロモーターの車(ほとんどはワゴン車かマイクロバス)。チーム11名前後でこれらに乗り込み飛行場や新幹線の駅等まで移動する日が続くとチケットを手にしていても当日の行き先を思い出せないことがある。楽しみと言えば食事くらいだが、旅のストレスから暴飲暴食気味になることもあるので各自食べることには神経を遣う。とくに朝食は前日がどんなに遅くなってもベテランほど欠かさない。「ツアー」といえば響きが格好いいのかも知れないが内容は旅ガラスそのものなのだ。妙な空気を発散する生活臭のない旅ガラスなんて世間一般から見れば、いかがわしいのだろうか。ひとりで新宿のホテル前で羽田へのバスを待っていたら"Wich airline?"とボーイさんに尋ねられたのにはさすがに驚いた。
ここで本邦初公開カホン奏者の旅ガラスセット・他について少しご紹介しよう。黒のスーツケースが一つ。これに約一週間から10日分ほどの衣類等を出発前夜に整理し収納する。タクシーのトランクにも入らない巨大なヤツなので後部座席に載せる。カホンケースはプロテックスのオレンジ色のハードケース。駅や飛行場など公共施設内では遠目でも自分の荷物を確認し易い色が一番だ。元々はスクーバーダイビングのボンベのケースだが、プロテックスのCR-5000はシュラグベルグのカホンがぴったり収まる。ボールベアリングを使ったキャスターが底に4個付いており着脱が可。自動改札機の通過やエスカレーターに飛び乗るような場合でも重量の割には取り回しが案外と楽だ。特にエアーでの移動ではスーツケースと一緒に預けてしまっても楽器が安全な堅牢さが良い。タクシーに乗る際には運転手さんにお願いしこれをトランクに入れ、後部座席に巨大なスーツケースと私。ツアー初日なら自宅のある札幌から一人でスタートする。車にこれらを積み空港まで移動し空港駐車場に車を捨てる。駐車料金は領収書を添え代々木上原の事務所へ月ごとに郵送で請求。一月遅れでギャラ・経費諸々と一緒に口座へ振り込まれる。
最初は面白かったが、体にも心にも負荷の大きいこの仕事が2年ちょっとで嫌になってしまった。勿論、生業である以上、簡単にゲームセットに出来ない現実もあった。が、私の場合サポートしていたタレントがメジャーデビューを果たした頃からのレコード会社との契約期日満了を待たず、他社からの移籍話を進め始めたのに反発を感じたことなども手伝い節目となった。旅ガラスから足を洗った今でも虚業に変わりはないが、全国行脚には不向きな人間だと振り返って思うのである。もう、あれから五年以上も経ってしまったのだが。
"will be continue."
私の場合 3
October 18 Tuesday, day 291 - 2005. | permalink | comments 0過去に、二つを「私の場合」でエントリーし「will be continue」(続く)としながらも、その気になれず今日まで。「私にとってカホンとの出合いは演奏時の不快なストレスをほとんど感じない唯一の打楽器との出合いであり、ドラムセットとは全く別の方法で心に浮かぶその時々のリズムを手軽に表現できるところも魅力のひとつ。この出合いから、カホン奏者としての演奏活動を本格的にスタートしたのは95年頃よりで~」という内容だったと思う。
しかし・・・私が何故に95年頃からの再スタートだったのだろう。『再び起こりつつある民族音楽ブーム直前の底流に知らず知らず乗せられ・後の本流へ乗った』というだけのことなんだろうか。答えに辿り着けそうにない難儀な問いが私の中で「ぐるぐる」している最近なのである。他から見れば無意味かもしれないこの問いに我がアイディンティティーは大袈裟にリセットされてしまったのかな・・・。
テレビで中一ぐらいの時に反戦歌手ジョーン・バエズ(女性シンガーソングライター)日本公演をTVで見た(録画?)。佐藤栄作(67年当時の首相)が北爆(米軍による北ベトナムへの爆撃)を支持したことに抗議し官邸前で焼身自殺があった年だ。「非核3原則」を宣言する一方で原子力空母エンタープライズの佐世保港寄港を閣議で承認するなど、スローガンに弱い日本人の気質をよく心得ていた佐藤栄作の時代。メディアも激しさを増す東大紛争などの学園民主化運動を毎日のように報道していたものの、やはり反戦思想をどこかで忌避する空気が圧倒的だった。当時の「世界は二人のために」(左良直美)や「この広い野原いっぱい」(森山良子)などの薔薇色のヒット歌謡は、分断され管理されている日本大衆の有様(ありよう)を映じる鏡のようでもあった。
フォーク・ギターを抱え静かに反戦を歌う美しい女性。歌詩の説明でバエズが長く喋った割には訳の字幕が短く「なんか変だぁ・・・」と、中学時代の不鮮明な記憶を辿る。 will be continue...
カホン工房デコラ43の新作
March 01 Tuesday, day 060 - 2005. | permalink | comments 0旭川のカホン工房デコラ43から新作モデル#10370が届いた。先日、同工房ウェブ・ログへの気軽な気持ちでのコメントがきっかけとなり進呈して頂いたという今回の次第ではあるのだが、そう喜んでばかりはいられない?美しいローズウッド(花梨:かりん)のボディー外観がいくら気に入ったといっても、私はカホン演奏を生業(なりわい)としているプロ。肝心要の音質的なことは、ちゃんと現物を叩いてからじゃないと当然判らない・・・。
同工房が以前よりアピールの多弦構造(8本弦)の発想について木音志向のカホン奏者としては、少々疑問もあるというのが率直で忌憚のない所なわけで・・・など、など、考えをぐじゃぐじゃ巡らせながら梱包を解き、塗装の香りも初々しいっ!その現物を叩いてみることに、・・・・・・・・?!弦の響きは驚くほど控え目だぞっ!且つ、ピアニシモのフィンガリングに難なくついてくるレスポンス。要するに、デコラ43の最新作はカホンの相反するふたつのサウンドのエレメント(ふっくらした中低域と切れの良い高域)を、同時に実現した『邪魔にならないセンシティブ弦音』のハイ・クオリティーモデルだったのです!
通常よりも低い位置を叩いたほうがサウンドホールが背板の下方にあるので、芯のある独特の低音が創出でき、嫌味のない音色なのに適度に個性的でもあり、それまでのネガティブな私の思いが一挙に払拭されるような快い「裏切られ方」だった。音域分離もしっかりしており、初心者、非力な女性演奏者からアマチュア上級者やプロまで、種々の音楽的欲求に柔軟に対応するオールラウンド・モデルとも言えるだろう。
小粋に生楽器での小アンサンブルを音量抑え目で楽しみたくなるような気持ちにさせるカホンらしいカホン。後で知ったことだが、作者の三浦さんはアンプラグドな視点で今回の新作を製作されたということらしい。ご本人の考えが充分に反映された、いわば「会心の作」ではないだろうか。
推敲に推敲を重ね。
January 20 Thursday, day 020 - 2005. | permalink | comments 2「ブログ記事の文章表現に、こだわっているようですね。推敲に推敲を重ね・・というところなのでしょうか?」と、このブログをウェブ更新通知サービスに登録されている方からメールを頂いた。たぶん、私にはブログが本来どんな使い方をされるのか全然わかっていないのかも知れない。以前は「更新作業が大変」という一般的なウェブへの印象があり自己のサイト立ち上げに「二の足」を踏んでいたが、時間に余裕ができてネットをする機会も増えブログを知った。「これなら楽そうだ出来るだろう・・・」と始めたこのブログ、たしかに更新は簡単なのだ。
しかし、エントリーが加速する一方で訂正が容易なのでジャンジャン書き直したくなってしまうことが多いのだ。過去のエントリーも含め眺めていると他の表現が浮かんでくる。時刻に関係なく、そのサービスを利用している人の迷惑など関係なく徹底的書き直しがスタートする。「時には、その書き直しの過程を読んで、私は楽しんでいるところもあります・・・」とは、先ほどのメールにあった不気味な内容なのだが、やはり推敲(すいこう)といえるほど上等でもないな。
「気の流れ・意識の流れが存在している訳ですから、一度出来上がった文章を何度も何度も書き直すのは、いかがなものでしょう」と、どこかの本で読んで考えてみたこともあるが、一度アップした記事を都合のいいように書き変えてしまうノー・ルールは論外とし、「座りがよろしくない・自分の気持ちではないなぁ~」となると放っておけず「書き直し衝動」が頭をもたげる。コメント機能については、最近すっかり考えが変わった。「掲示板(BBS)代わり」でも良いと思っている。そのように実際使い始めてみたら、案外楽しく、トラックバックの敷居もぐっと低くなったり。普通のウェブでの掲示板だと憚るような気のする個人的内容での書き込みの嵐でも、ブログならば、それほど気にならないかもしれない?と思っているのは私だけだろうか。ようするに、携帯に同じサイトの更新通知が日に何回も届いたら、さぞ、うるさいことだろうなぁ~、これも書き直すのかもしれないが^^;
私の場合 2
December 09 Thursday, day 344 - 2004. | permalink | comments 0私がドラムからカホンへ転向した理由~・・・と、以前の「私の場合」で書いてみた。いやー待てよ・・・こういう表現は、あまり適当じゃない。言葉を並べてみてから自分のところがハッキリしてきたのか・・・「○○○へ転向した」という表現よりも「カホン奏者としての演奏活動をスタートした」という方が的を得ているようだな。
「カホン奏者としての演奏活動をスタートした」10年前:1995年頃は「カホン奏者」という語彙が存在しなかった。少なくとも私は聞いたことがなかったので、自分で「カホン奏者」という語彙を勝手に創って名刺印刷、「カホン奏者 金井秀正」と。名刺にどう書こうかと「カホン専門奏者」なんてのも候補案にあったが、長ったらしくて、しっくりしない。今のところは聞いたことも無いが、やはり「カホン奏者」にしようと決めた。最初は、カホン奏者を名のるとき、なんとなく落ち着かない感覚だったのも覚えているが「まぁ、慣れるまでの間だな」自分に言い聞かせながら、この造語(?)を使いはじめるようになった。昔から、決めてしまうと速いたち(性質)だから。
「ピアノ奏者」というのは、あまり見かけたことがないね・・・ピアニストはあるが、どうしてかな?・・・「カホン奏者」なんて・・・ヤッパリ、こんな変てこな造語でアピールしても世の中が受け入れてくれるんだろうか・・・。まとめたつもりの考えが飛躍しそうにもなったり。一時期「ピアニスト」に引っ掛け「カホニスト」にしたこともある(滑らかに鍵盤を弾くイメージがその頃の奏法テーマだった)が、スペイン語で「カホン奏者」を意味させたい場合には「カホニスタ(cajonista)」もしくは「カホネーロ(Cajonero)」の表現が適切なことを後で知り「カホニスタ(cajonista)」に修正。
しかし、それから暫くして悩んだ末でっち上げた「カホン奏者」という造語を、ずっと以前から存在していたかのように使われ始めたのには瞠目した。どこから引っ張ってきたのだろう???何の問題もありません、といった様子。いつの間にか、そんな流れが出来上がったんだろう。悪い気はしなかったが、不思議とでもいうか・・・形容しがたい気持ちだったのを覚えている。
現在は日本語以外の状況には「Cajonista」で。日本語では「カホン奏者:金井秀正」で通してしまっている。カホン奏者で通用するなんてっ!「カホン奏者の金井秀正です」といって自己紹介しても、ただ生意気で偉そうにと思われるだけだった頃が嘘のよう。やっぱり今でも生意気と思われるかもしれないが、もうそんな年令(とし)じゃーない。カホンを叩く自分自身にアイディンティティーを見出している私とも云えるのだろうか。[will be continue...maybe #3 ]
私の場合
November 21 Sunday, day 326 - 2004. | permalink | comments 3ドラムからカホンへ転向した理由はいくつかあるが、そのうちから最初に一つ挙げるとすれば「自分の中に湧いてくるリズムのイメージを無理なく演奏に反映出来そうだと感じたのがカホンだったから」だろう。「楽器との出合い」とは、きっと、こんな感じに違いないと今でも思っている。約10年前の1995年の春頃だった。
その10年前「カホン」のキーワードでネットを検索してもヒットするのは地名くらいだった。そして演奏意欲を大いにかき立ててくれる自分の選んだ楽器が全然知られていないのが、なんだか心もとなかったのもよく覚えている。後に某タレントの約2年間のツアー仕事がやっと片づき一段落ついた2002年頃から「カホン、カホン」と、にわかに世間が騒ぎ始めたという私の印象だが、カホン奏者としての演奏活動を始めたばかりの頃の反応は様々だった。お約束の「どうして、この箱からあんな音が出るんですか?」から「面白い形をした打楽器だけど、こんなの流行るわけないよ~」などなど、ちょっとした物議を醸し出したことは確かだったようである。[will be continue...]
オカーニャ・カホン(OCAÑA CAJÓN)
September 22 Wednesday, day 266 - 2004. | permalink | comments 0青沼義郎氏(アルコ・カホン)へ贈られたオカーニャ・カホンのルーカス・ヒメネス モデル(Modelo Lucas Jimenez)を本番で試す機会に恵まれた。「ホテルの小ホールでの記念祝賀会で30分1ステージを」という依頼内容だったが、コンサートとは違って、各テーブルで食事やお酒を楽しみながら思い思いの会話が飛び交う会場の賑やかさは、同モデルのテストの条件として最適だったのかもしれない。人々の熱気と照明の熱で会場の温度が上がりステージ内の音の通りが悪くなってゆく・・・・・。
ここで、話を進める前に確認の意味でもログを読んでいただいている皆さんにお伝えしたい事は、エントリー1月12日「バルセロナからの贈り物(1)」にあるように、私は昨年(03)11月にバルセロナ在住の木製楽器製作者のヘルマン・オカーニャさんから「ナン・メルカデル・モデル」(現在はモデル名がカスタム・モデルに改称:3/12,05加筆)を贈呈して頂いた。が、同工房カホンの宣伝を暗にお願いされている訳ではない。このことは、ずっと気になっていたことなので、いずれ明確にしておきたいと思っていた。宣伝をしなければならない義務や責任が一切ない私がその作品等について時々書いているのは、オカーニャ・カホンから感じたことを記しておきたいとの個人的想いからなのである。
さて、時間と共に音響条件が悪化する今回のようなケースでは、お互いの発する生の音や相手の体の動きを頼りにアンサンブルがしっかり成り立っているかどうかが重要。リハでの詰めが甘かった部分が異常に目立って感じられ、そのショックが引き金になり「ヒヤッ!」とする瞬間が突然襲ってくることもあるので、こういった現場は殊に油断大敵っ!感情移入よりも先に、個人のパッセージがカッコ良くきまる以前に、全体を最優先しなければならないし、それがアンサンブルの基本ルールの一つだと思っている。「冷や汗」のその瞬間から、それまで会話に夢中だった筈の人々がステージ上の微かな歯車のかみ合わせの変化に、ジンワリと感覚的・動物的臭覚を持って反応し始めたりもする。オーディエンスの反応というものは、実に正直で敏感なもの。要するに「しーん」となるということだ、が幸い^^;、前述のことを心得ているメンバーなので危険水域へは突入しないで済んだ。
テスト的に使用したルーカス・ヒメネス・モデルのお陰でアンサンブル全体のリズムバランスの支えを無事に果たすことができた。ステージが終了し最初にあがってきた感想は「ヘルマン・オカーニャ(German Ocaña)という製作者の音楽的才能と楽器造りの才能の融合に改めて感動した」というものだった。同モデルが、この種の音楽を引き立たせるほどに完成しているとは本番を踏んでみるまで想像も出来なかったことなのだ。ボリビアやペルーの音楽が中心のフォルクローレ・クァルテットにふさわしいカホン・サウンドを同モデルは支障なく提供した。とコメントしてしまえば一言だが、南米系音楽に必要とされる「カホン・サウンドは何か?」との難題を、今回の音響条件の中でクリアーできた楽器としての完成度の高さに感動したのである。
何故、幾種類ものカホンを作る必要があるのか?私の問いへの答えの一つをもらえた思いでもある。見せ掛けのラインナップではないということを。更に、ヘルマン・オカーニャという人物が「良い耳」を持つ演奏者であるという事も特筆べき点だと思う。彼のカホン演奏に興味のある方は、ここをクリック。
南米系音楽にも適した、もう一つの・オカーニャ・カホン新作「カホン・セルタ:Cajon Celta」のサウンドは、こちらを。「カホン・セルタ:Cajon Celta」演奏は、スペイン北部ガリシア語圏のLUAR NA LUBRE(ケルティック系)の[Javier Ferreiro氏]によるものです。
lmpresión de Modelo L.Jimenez
June 25 Friday, day 177 - 2004. | permalink | comments 004年4月上旬にバルセロナから、アルコ・カホンの青沼義郎氏(宮城県石巻市)へ送られてきたばかりのルーカス・ヒメネス・モデル(Modelo Lucas Jimenez)試奏の機会を同氏のご協力で得ることができた。オカーニャ工房の一貫した木音志向が良く反映された同モデルは、殊にノイズ音を抑える構造になっており、長い時間オンマイクで演奏しても耳への負荷が少ない。
中心を叩くとサスティーンが深く掌が沈んでいくような打面の感触。その深いサスティーンを伴った低音を創出するための工夫について解析する青沼氏のお話も大変興味深かった(後日の電話での会話で)。ちょっと、ドラムを例に引っ張ってくると、大きな径のバスドラムにクリアーヘッド(ドラム用の合成樹脂製の皮で透明・薄目)を張った場合の鈍重な感じを思い起すとでもいうか。高域と低域の「ギャップ」へ対応しながら、どんなリズムを構築しようか・・・と、いわば「演奏意欲を刺激されるカホン」というのがルーカス・ヒメネスモデルへの印象。
自分の愛用しているオカーニャ工房カスタム・モデルとは形も音も何もかもが異なっているのに「オカーニャカホンの響きだな」と、届いたばかりのルーカス・モデルを叩き始めて、すぐに思ったことでもある。
Yさんの疑問-叩き始めの手は?
June 06 Sunday, day 158 - 2004. | permalink | comments 4[Yさんの疑問]:叩き始めの手について
カホン演奏では、最初(1拍目)の手が、左右どちらかの手というカッチリした決まりはないのでしょうか?ある和太鼓サークルの練習で『利き手に関係なく叩き始めは絶対右!』と指導され、左利きの方が、かなり苦労されていたことが私の記憶にあるのですが、カホンの場合では、どうなんでしょうか?
[カホン奏者は、こう考える]
結論から先になってしまいますが、そういった厳しい(?)決まり(掟?)は、カホンの場合にも無いのではないかと思います。最初の段階では、利き手から拍のはじめの音をスタートする方がベターなのではないかと考えるところもあるのでワークやレッスンでそのようにお伝えしています。
膨大な量のメソッドがあるドラムス世界でも叩き方の絶対の決まりというようなものはありません。「今の練習のアプローチは目標に対して、どれくらい効果があるのだろうか?」といった疑問や反省から、例えば『叩きやすい手順でやってみる』ということが必要になる場面が生まれるかもしれませんでしょう。本番演奏と同じように、自然な流れの中で空気の通った表現を実現していく楽しさのようなことが練習においても大切なことだと思うので、あまりギュウギュウと頑張り過ぎないでやってみるのも上達への近道ではないだろうかと考えるのですが、いかがでしょう。
教則用音楽の制作
January 25 Sunday, day 025 - 2004. | permalink | comments 02冊目の教則本「3連音符(Triplets and Shuffle)-86~134bpm / ストロークの原理」に使用されている「BLUES GUITAR LOOPS」は、著作権フリーの音楽素材集。一般にループと呼ばれる半完成品状態の音素材を購入し(その使用権を購入するということ)教則本などの制作に利用する。外から仕入れてきた音素材と自前の材料(宅録のカホン演奏)とをコンピューターで編集しながらエチュードとして実用性のある音楽が生まれるまでこの地味な作業が続く。
2冊目の3連音符をテーマにした教則本の音楽はHD(ハード・ドライブ)に、ころがしておいたのを見直し、エチュード(練習曲)として完成させたもの。実際のアンサンブル同様コンピューターでの音楽制作も理想と現実の「折り合いを~」のようなことをやっていかなければならないが、上手く解決できない場合もあるので、そのようなときは「お蔵入り」にして次の時期を気長に待つ。時間との勝負でもある実際の現場では費用もかさんでしまうことでも、こういったことが可能なのはコンピューターの利点だろうか。何かのきっかけで別の観点が生まれることもあるので短気を起こしゴミにしないように気をつけている。2冊目のカホン教則本「3連音符」のエチュード(練習曲)に使われている音源は、ドラムスの入った編成で、テンポも少し遅い(849kb/00:52)最初に出来上がったファイルを再編集したもの。
バルセロナからの贈り物(2)
January 16 Friday, day 016 - 2004. | permalink | comments 0昨夜のオカーニャ氏からのメールに打面裏に接着された木製小箱(ノイズ用)の中身について、次のような説明があった。
「ふだん木箱の中には小さな金属玉(または細かい金属片)やエレクトリックベースの弦等を細かく切断したものを入れている。あなたへ贈ったモデルにはエレクトリックベースの弦を細かく切断した金属片が入っている」。
以下メール中スペイン語での説明文を掲載。
... La vibración la produce esa madera que ya habrás visto en el interior de la tapa. Está ahuecada, vacía, y llena de pequeña metralla metálica que vibra con los golpes. En tu caso son cuerdas de bajo eléctrico cortadas en pequeños trocitos o partes.
また「打面は普通3ミリの厚さの板を使用し制作するが、場合によって0.5ミリ削って2.5ミリの厚さにすることも可能」とのコメントもあった。「この範囲内ならオカーニャ・カホンの音質に、それほど大きな影響はないだろう」との見解らしい。
バルセロナからの贈り物(1)
January 12 Monday, day 012 - 2004. | permalink | comments 1「日本人で最初のカホン演奏者として、私の制作した最新モデルを贈呈したいのですが・・・」という、あらたまった雰囲気のメールを突然受け取ったのは、昨年(03)の初夏だった。
メールの送り主であるヘルマン・オカーニャさんは(German Ocaña)、バルセロナ市在住の木製楽器の制作者だ。ケルティックハープなど木製弦楽器の制作を得意とする人で、その知識・技術をカホンの制作にも応用している。彼の手によって造られるカホンは、同市サクラダファミリア教会の設計で知られる建築家アントニオ・ガウディを彷彿とさせるような奇抜なデザインと組み木による配色(日本の寄せ木細工ふう)が印象的だ。
贈呈ということに確信が持てなかったので英語ではなくスペイン語のメールを改めて催促したが、やはり贈呈ということだった。その後頻繁に親交を深める目的でメール交換が行われたが、まもなく彼に思いがけない問題が起こった。工房が地球規模で起きた夏の異常気象(昨03年)による山火事に被災。カホンだけではなくケルティック・ハープを含む制作活動全てが中断してしまったのだ。結局、日本到着は4ヶ月後の2003年11月上旬になった。
届いたその新作は、細かい粒のような物を仕込んだ2x4センチ程の横長の木製小箱が5個、打面内側に2列に並べて接着され(上3・下2)、箱の中の小さな粒が叩いた振動で適度なノイズを発生させる構造になっており、弦を使わない独特の仕組みからは音質へのこだわりが強く感じられる。
録音、ステージを問わずマイクの音乗りが自然で素直なのは、他楽器の音との融和を優先する音造りが実現しているからだと思う。「納得のいくサウンド・コンセプトが決まるまでには、何年もの長い間の苦労がありました」とは、ご本人の弁。
厚さ約3ミリの打面は腰が強く叩いたときの粘りのある感触は「ぶ厚い板」を錯覚させる。届いた当初、この打面が日本に到着するまでの間に水気をすっかり吸ってしまったらしくカホン独特のノイズが全く無い最悪のコンディションだった。期待を裏切られた気分になり閉口したが、二ヶ月ほど経って徐々に木が乾燥しはじめた頃から音に変化が現れ始めた。今では、この打面が掌に良く馴染んでいる。叩く度に新しい発見があるので、すっかり手放せなくなってしまった。
まさに『生きた木で造られたカホン』との「出合い」によって、じっくり「木の打面をもつ打楽器カホンの音の美しさとは何か?」を、耳をシッカリ使って自分なりに考える機会が与えられた事も大きな収穫だと思っている。
view image : Ocana Cajon Custom Model
同氏のスペイン語サイトでは、カホンとケルティック・ハープ等の作品デモを聴くことができる。
url: http://www.ocanartesania.com/V2/index.html
